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畠山裕介の『人と話の交差点』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「人と話の交差点 302」  畠山裕介

 

松下の大番頭 高橋荒太郎

 

-ナンバー2(29)-

 

「物を作る前に、まず人を作れ」。〝経営の神様〟松下幸之助の教育観である。その幸之助を支えたのが〝松下の大番頭〟と仰ぎ見られた高橋荒太郎。

戦後GHQは財閥解体をもくろんだ。もちろん松下も狙われた。経理責任者の高橋は、大阪から東京へ日参した。すし詰めの夜行列車を乗り継ぎ、延べ百回以上GHQに陳情した。松下が財閥指定を解除されたのは、高橋のこの働きが大きかった。

松下では戦後、労使問題は起きなかった。幸之助が従業員を家族と見なすことをみな知っていたからだ。しかし昭和三一年、他の大手企業の激しい労使闘争は松下にも飛び火した。

組合との交渉を一手に引き受けたのが高橋常務。粘りづよく組合と交渉し、信頼関係を築いた。

それでも三三年、ベースアップ問題を巡って交渉決裂寸前までいった。「創業者を出せ!」と組合は荒れた。幸之助はすぐに動いた。

組合の委員長、書記長を前にして幸之助は言った。

「わしは組合との交渉はすべて高橋さんに任せているんや。高橋さんくらい会社のこと、従業員のこと、組合のことを考えている人はおらんで。あの人は絶対に手練手管はやらん。あの人は神様や。わしはいつも高橋さんのうしろ姿を拝んでいるんや」

組合幹部たちは思いもよらぬ幸之助の本音と、二人の信頼関係に感動した。組合はすぐに要求を取り下げ、交渉は妥結した。

高橋はその後、海外担当副社長に異動になった。しかし組合側との最終交渉の場には、いつも高橋がいた。高橋が出てこないと組合側が納得しないのである。高橋は創業経営者幸之助だけでなく、組合幹部や末端の組合員からも厚い信頼を得ていた。

昭和三一年、幸之助は大きな目標を掲げた。五ヵ年計画で売上四倍、従業員を七千人増員して一万八千人にするという。業界で「幸之助の大風呂敷」と揶揄〈やゆ〉された。

高橋は幸之助の強気を支持し、かつ直訴した。五ヵ年計画の成否は、経営方針の理解と徹底以外にない。それができねば、七千人の増員のために逆に組織はガタガタになる。高橋はそれを懸念した。

すべての従業員が、幸之助の掲げた経営方針を正しく理解すること。全従業員の心を一つにすること。高橋は全霊を傾けて説いた。

五ヵ年計画は一年前倒しの四年間で達成した。ちなみに松下の経営方針を認める。

「産業人たるの本分に徹し、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期す」

後年、幸之助は言った。「松下の経営方針のことなら、わしより高橋さんの方がよう知っとる」