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畠山裕介の『人と話の交差点』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「人と話の交差点 306」  畠山裕介

 

自分の美学に酔うな

 

-ナンバー2(33)-

 

ナンバー2は、自分の美学や価値観に酔ってはならない。おのれの美学を捨て、トップの意思に同調しなければならない。

ナンバー2が自己陶酔すると、組織はどうなるか。

日露戦争、旅順攻防戦。日本側の第三軍司令官は乃木希典。参謀長の伊地知幸介がナンバー2。

第三軍の使命は、丘の上に要塞を築いたロシア軍を殲滅〈せんめつ〉すること。

乃木司令官は戦略戦術ともに不得手だった。

〝乃木のいくさべた〟とは、幼時からの友人である児玉源太郎の乃木評。

そんな乃木に、なぜ大将が務まるのか。乃木はすぐれた人格者であった。その清廉実直を部下たちは仰ぎ見る思いで敬愛したという。

優秀で有能なナンバー2が下につけば、縦横無尽の仕事ができたろう。事実、大本営は第三軍編成にあたり、専門能力の高い人材を揃えた。乃木は近代兵学には疎いが、安心してスタッフの上に乗っていればよかった。

問題は伊地知参謀長である。伊地知は無能ではないが、おのれを恃〈たの〉むところが強く、かつ頑迷固陋〈がんめいころう〉だった。

伊地知には参謀について独特の持論があった。参謀は現場を見てはならぬという。

〝参謀には参謀の仕事がある。戦闘の惨況を見れば、かえって作戦に曇りが生ずる〟という。

若い参謀たちの中には「戦闘現場をこの目で見たい」と言う者も多くいた。しかし伊地知はそれを頑に禁じた。軍司令官の乃木も、これに引きずられた。つまり第三軍のお偉いさんたちは、誰ひとり苛烈な戦闘現場を見ていない。

第三軍はナンバー2の伊地知参謀長の独断で動いていた。乃木司令官以下の高級将官たちは傍観者にすぎなかった。しかも司令部は現場からはるか遠方に設営されていた。これも伊地知の判断である。「伊地知はようやっておるでのう。やっぱり専門家じゃから…」と乃木は、ことあるごとに伊地知をかばった。乃木の立場上、そうするしかないであろう。

現場では何が起きていたか。

司令部の突撃命令に従い、兵たちは丘の上めざして駆けた。よじ登った。要塞に籠るロシア軍からはまる見えである。

死屍累累〈ししるいるい〉。二〇三高地は日本兵の無残な死体で、山肌も見えないほどだった。

兵にすればただ死にに行くための突撃命令が何度も繰り返された。「兵力の逐次投入」である。戦闘現場における愚策である。そして一万七千人の日本兵が命を落とした。

ナンバー2が自分の才を恃み、トップをないがしろにする。その罪禍のむごさを象徴する史実である。