アイウィル 社員教育 研修日程

 

染谷和巳の『経営管理講座』

 

人材育成の新聞『ヤアーッ』より

 

「経営管理講座 379」   染谷和巳

 

悪を容認する器の人に

経営管理講座

 

情報に眩惑〈げんわく〉されていないか。二十年前交通事故の年間死者数は一万人だった。交番に毎日「事故数、死者数」が掲示されたが人は恐怖におののくことはなかった。今は情報のスピードと量に人が負けている。以前は隠し通せた悪事が暴かれアッという間に広がり容赦なく断罪される時代である。

 

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感染者家族に石を投げる人々

 

 

四月の初め、東京から長野県飯田市に帰省した学生が友人たちと居酒屋で旧交をあたためた。翌日当人が具合いが悪くなり東京へ戻り、検査を受けて武漢ウイルス陽性と判明、病院に入院した。

学生の濃厚接触者十名を検査したところ、家族二名は陰性、一緒に飲んだ友人のうち二名が発症、陽性と確認された。

当時、長野では感染者が六名と極少に抑えられていたので、この新規感染は大ニュースになった。東京ならこれでおしまいだが、田舎のことである。たちまち、どこの誰が発生源か町中の人の知るところとなった。

その家に「コロナ出て行け」の貼り紙。窓に石が投げられガラスが割られた。夜、家のそばのゴミ袋に火をつける者もいた。行動しない者もその家族を白眼視した。

家族二人は陰性で感染者ではない。しかし連日の迫害に耐えきれず犯罪者のごとく家を捨てて名古屋方面に逃亡した…。

新聞のニュースや人の噂を聞いての話なので、事実と異なる点があると思うが、大筋はこんなところだろう。

飯田の近くで生まれ育った荒田の妻は知己が多い。飯島のセカンドハウスには中学高校の同級生がよく遊びに来る。

六月中旬東京アラートが解除された後、飯島に行くと言うと仲良しは「来んほうがいいと思うよ」と言いついには「来ないで!」と言ったという。東京の人は皆感染していると思っているようだ。

六月下旬飯島の家へ行ったが友人たちは電話だけでひとりも顔を出さない。「私も怖がりだが、こっちの衆はもっと怖がりだ」と妻は嘆いている。

福島の自動車関連の中堅企業の社長が「放射能怖い、と同じだね」と言った。

福島県の産物は放射能まみれだから買わない。東京だけでなく全国の小売店が福島産を敬遠した。店に置いても一等下の扱いだった。今も輸入禁止している国が多数ある。

福島県から他へ移住した人も迫害を受けた。転校してきた小学生は「放射能がうつる」といじめられた。

この自動車関連企業の社長は四月も五月も予定どおりアイウィル研修を実行した。「放射能騒ぎ」で差別を受けたことを不当と思っていたので、自分は理由なく差別はしないと考えたのである。

しかし研修施設が使用を拒否し、他を捜さざるを得なかった。また社員の家族が心配するので東京から出向く講師の新幹線利用をやめてもらい車で出張してもらうことにした。

こうして二回の研修が実行され、講師はもとより、研修を受けた全員が何事もなかった。もちろんアイウィルは、検温、全員マスク着用、人間〈じんかん〉距離を十分にとっての研修を行った。これは東京での研修も同様で、マスクで話すマイナス面があるが、毎回感染者ゼロで研修を成立させてきている。

七月十二日・十三日には、三月開催予定の経営者養成研修(第二十九期第六回目、第三十期入学式)を開催し、派遣会社の方針で欠席した八名以外は全員出席し無事一泊二日の研修を成し終えた。世界で武漢ウイルスの感染者数は一千万人を超え、死者は五十万人を超えている。発表されない数字を推測すると感染者数五千万人、死者数百万人というところか。

そのうち日本は感染者二万人弱、死者千人弱。回復して退院している人が一万八千人(現在入院治療中の人は三千人を切っている)。七月に感染者数が増えたが、死者ゼロの日が続いている。

がんによる死者は毎年三十七万人以上、インフルエンザが毎年三千人、交通事故死者は年々少なくなっているとはいえ毎年三千人以上、夏期の熱中症の搬送者は八万人(死者は一三〇人)。

こうした数字と比べると武漢ウイルスのみを極度に恐れる根拠はない。感染者の家族の家に石を投げつけたり、電車内でセキをしただけで「降りろ!」と怒鳴りつけたりする人は潔癖症の病人あるいは自分は絶対正しく他人が自分を攻撃してくると妄想を抱く偏執〈へんしゅう〉病の患者ではないか。メディアがさらにこの人を煽っている。

 

 

日本を蝕む正義清潔至上主義

 

今回言いたいのは「武漢ウイルスを恐れるな」ということではない。「上辺だけ見て人の欠点を攻撃するな」ということである。

たとえばアメリカの黒人差別反対の激しいデモ。抗議はしだいに熱を帯び、黒人奴隷制度のあった時代のすべてを否定する勢いである。南北戦争の南軍の勇将リー将軍の像が引き倒された。名画「風と共に去りぬ」の上映が一時禁止された。コロンブスも俎上に乗せられている。いずれはリンカーンやワシントンも犯罪者として葬られる。

一方、早朝の地下鉄やバスにはまじめに働く黒人群が黙黙と通勤している。「デモなんかしていたら食っていけない」と言い、デモ参加者は働かなくても食える恵まれた人だと白けた表情で言う。

「正義は我にあり。反するものは許さない」。ポリティカル・コレクトネス(正義清潔至上主義)が猛威を振っている。

日本でも同じ風が勢いを増している。

原発再稼働反対、戦争できる国にする憲法改正反対、基地の辺野古移転反対、そして東京もんはウイルスを持っているからウチの県に来るなの声。みな同根のポリティカル・コレクトネスである。

こうした運動は一部の専門的運動家が先頭に立っており、一般人は深く関わってはいないが、内心賛成する人が多く、反対する人は少ない。この内心賛成の一般人が社会や会社の中で、〝正義清潔至上主義〟を行う。

人は誰でも恥部欠点秘密がある。これを公にされれば職を失い時には命を失う。誰にも知られるはずはない。公にされる恐れはないと思っている。それが思わぬ時に思わぬ人の口から公になる…。

新聞や週刊誌に暴露された有名人は死屍累々である。

第七十五代総理大臣宇野宗佑は毎日新聞に神楽坂芸者との仲をすっぱ抜かれて六十九日間の短命内閣に終わった。スポーツ新聞に違法カジノ賭博を報じられたバドミントンの桃田賢斗は選手生命を絶たれかけた。週刊文春に「多目的トイレで五分間密会、一万円手渡す」と書かれた芸人渡部建は年間一億円の全ての仕事を失った。

神楽坂芸者もトイレ女も情報提供の見返りにお金を受けとっている。己れの恥を金で売る〝恥知らず〟である。女は相手にしてもらえなくなった腹いせに、一時は良好な関係だった相手を〝殺す〟行為に踏み切ったのだ。

会社の中でも不満を持つ社員や元社員が社長や気に入らない上司の悪事を外部に訴える行為が日常化している。この人は正義の仮面をかぶった小悪党である。

 

 

指導者は告発を武器にするな

 

人にも物事にも表裏がある。言い換えると裏があるから表がある。裏は陰部、暗部であり善に対する悪である。

裏のない人であるに越したことはないが、もしそんな白面〈はくめん〉の高士〈こうし〉がいたら気味が悪い。そばに寄ることもはばかられる。

必要悪の範疇で社会が許す悪がある。酒タバコ麻薬・談合饗応〈きょうおう〉付け届け、謀略処罰戦争その他である。悪として断固禁じれば人が社会が国が参ってしまうので、たとえば敵から攻撃侵略をされた場合の抗戦は認めるということ。

賭けマージャンや無許可の賭博などは必要悪に入れていいと思うが、地位名誉のある人がすると俄然許し難い〝悪事〟になる。

拡大一途の家電量販店で、店員が客を怒らせ「二度と来ない!」と言われている店もある。にぎやかなテレビコマーシャルの裏には社員教育の不足がある。

税務署に公正申告で表彰されている優良企業。社長はそれを自慢するが、現場にはウツ病社員が多く自殺者も出ている。

日本は義理人情恩恥恕の国なので、知っていても他人の秘密に触れないことをよしとしていた。旧ソ連では子供が親を「西側に通じている」と告げて警察に逮捕させることがあったそうだが、我々は「嘆かわしい。警察が父親を調べに来たら父親を庇うのが子供だろうに」と考える。

平成十八年(二〇〇六)、公益通報者保護法が施行されてから、役所やマスメディアへの内部告発が増えた。不満や怒りを告発という形で発散させる人が増えたのである。

社長や幹部が告発されたら「脇が甘かった」「身から出た錆だ」と従容と服すしかない。

社長や幹部は人の秘密を知っても絶対それを武器として使ってはならない。「裏があるのが人間」という日本的価値観に従うのだ。

 

 

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